まるでその場に自然と溶け込めるような感覚――それが WordCamp の魅力です。WordPress のいちばんの魅力は、実はソフトウェアそのものではなく、支え合うコミュニティにあります。
2025年6月5日から7日までの3日間、WordPress のフラッグシップイベントのひとつ「WordCamp Europe 2025」がスイス・バーゼルで開催されました。約 2,000 人が集まり、講演を聴き、学び、つながり、そして WordPress プロジェクトに貢献する時間をともにしました。
今回は現地に行けなかった方も、どうぞご安心ください。このブログでは、特に印象に残ったプレゼンテーションの内容をダイジェストでご紹介します。実際に現地で味わう空気感にはかないませんが、WordPress の今をしっかりキャッチアップしていただけます。
ちなみに、今年のスケジュールのすべてのプレゼンテーションは YouTube から視聴できます:
オープニングの挨拶
主催者である Laura Sacco 氏、Steve Mosby 氏、Uros Tasic 氏が登壇し、84 カ国から集まった 1,700 人以上の参加者に向けて、「つながり」と「一体感」の大切さを伝えるメッセージを届けました。

今年は特に、初参加の方が多かったのが印象的です。なんと、全体の 26% が WordCamp 初参加だったそうです。
短いイントロとスポンサーへの感謝(WordPress.com と Jetpack は Super Admin スポンサーとしてイベントを支援)を経て、セッションがスタートしました。
国境のない WordPress ― デジタルの自由を守るために
Human Made の創設者である Noel Tock 氏は、オープニングセッションで、人道的な課題においてオープンソースソフトウェアが果たす役割について語ってくれました。彼は現在ウクライナのハルキウに住んでおり、最前線から犬を避難させるチャリティを運営しています。
Tock 氏は、WordPress やオープンソースの考え方、そして国際的な協力が、これまでの危機のなかでどのように活躍してきたかを例に挙げました:
- アラブの春 (2010) : :現地の人々がブログなどを通じて、出来事や考えを世界へ発信
- ネパール地震 (2015) : 世界中のコントリビューターが衛星データを解析し、救助活動の支援に
- COVID (2020) : 科学者たちがゲノム情報を共有、オープンソースのダッシュボードで統計を可視化、医療機器の 3D モデルを世界中で作成・提供
オープンソースの理念があるからこそ、人々はつながり、声を上げ、協力し合うことができます。そして商用サービスが停止するような場面でも、こうした仕組みは継続的に使い続けることができます。
ウクライナにおける WordPress の力
WordPress がウクライナでどれだけ重要な役割を担っているかは、新規サイト数のグローバル推移と、ウクライナ国内の数字を比較することでよくわかります。

さらに、Forbes が選んだウクライナの主要チャリティ 50 団体のうち、半数が WordPress を使っており、1 年間で 5 億ドル以上の寄付を集めたそうです。
主な団体には、以下のようなものがあります:
- East SOS: 女性や子ども、障害のある方を中心に支援を実施
- To Ukraine With Love: 住居を失った人たちのために新しい家を建設
- Superhumans: 戦争で手足を失った軍人・ボランティアへ義肢とリハビリを提供
- Repair Together: 音楽イベントと共に清掃・住宅再建を行う活動。
- Caritas: シェルターや食料、水を提供
- Save Ukraine: 親と離ればなれになった子どもたちの帰還を支援
- Dog Help Kharkiv: Tock 氏自身が運営する動物保護団体
Tock 氏は、「WordPress は誰にとっても、すぐにオンラインで活動を始められる安定した出発点です」と語り、実際に人々の人生を変える力があると強調していました。
WordPress に関わる皆さんの貢献が、こうした形で世界中の現場に届いているのです。Tock さんの言葉を借りれば、「あなたたちの取り組みは、本当に誇るべきものです」
ウェブサイトをもっとサステナブルにするには?
インターネットは私たちの生活を便利にしてくれる一方で、環境への影響も無視できません。2023年には、情報通信技術(ICT)が世界の電力消費の 10% を占めたというデータもあります。持続可能なウェブデザインを手がける Digihobbit の Charlotte Bax さんは、ウェブサイト運営者ができる対策について語りました。

サイトの排出量をどう測る?
ウェブサイトは、サーバー側(データ通信など)とユーザーのブラウザ側(表示処理)でエネルギーを消費し、CO2排出に繋がります。オープンソースで開発された「持続可能なウェブデザインモデル」は、ページごとのカーボンフットプリントを評価できる指標を提供しています。
基準としては、ページのサイズが 1MB 未満であれば、A+〜B 評価が目指せます。

おすすめの診断ツール:
サステナブルな選択肢とは?
排出量の測定だけでなく、実践できる改善策も多数紹介されました:
- エコなホスティングを選ぶ:再生可能エネルギーで運用されていたり、サーバーの排熱を再利用していたりするホスティング会社もあります。中古ハードウェアを使用することで、電子廃棄物を削減している事例も。
- サイト構造の見直し:ページ要素の削減、シンプルな構造設計、正しいセマンティックなマークアップを意識すること。
- 軽量テーマの採用:Astra や Kadence のような軽量テーマを使い、不要なアニメーションや機能はコードで最小限に実装。プラグインの数も絞りましょう。
- キャッシュの設定:訪問者が再訪する際に再ダウンロードが不要になるため、エネルギーの節約に。ちなみに、WordPress.com のすべてのプランにはキャッシュ機能が標準搭載されています。
- 画像の最適化:必要な場面でのみ使用し、WebP や AVIF に変換。ベクター画像(SVG)を優先的に活用するのも効果的です。画像最適化のヒントはこちら。
- メディアの使い方を見直す:装飾的な画像は減らし、実用性の高いものだけを使う。「preload=”none”」をヘッダーに追加したり、動画はモーダル表示で読み込みを制御したりするのも有効です。
- フォントの最適化:本文はシステムフォント、見出しのみカスタムフォントを使用。アイコンフォントは個別のSVGで代用し、フォント形式は woff/woff2 に限定。
- グリッド対応:訪問者のローカル電力グリッドに応じて、Web体験を調整するという新たな取り組みも進行中。Green Web Foundationと Fershad Irani 氏が協働中とのこと。
興味のある方は、Charlotte 氏が紹介した Joost de Valk 氏による WordCamp Nederland 2022 の講演もぜひご覧ください。
WordPress を最新の Web プラットフォーム機能で進化させるには?

Google の開発者リレーションズエンジニアである Adam Silverstein 氏は、WordCamp Europe 2025 のプレゼンテーションで「Baseline」プロジェクトを通じて実現される最新の Web 機能について紹介しました。
Baseline とは、Google Chrome チームが主導する取り組みで、すべての主要ブラウザでサポートされている Web プラットフォーム機能の情報を共有することを目的としています。WordPress を含むすべての Web サイト開発に活用できる技術です。
以下に紹介する一部の機能はまだ Baseline に完全には含まれていないものの、まもなく対応される見込みです。現在の進捗やサポート状況を知りたい方は、Interop Project をご覧ください。
開発者を支援する機能

すべての機能は JavaScript 不要で、ネイティブなブラウザと CSS の機能で構成されています:
- Popover API:Baseline に追加されたばかりの機能で、ポップオーバー、ダイアログ、ツールチップなどの UI を簡単に実装可能。
- Scroll animations API (スクロールアニメーション API):スクロールに応じたアニメーションを簡単に実装できます。具体例も豊富に紹介されています。
- CSS カルーセル:JavaScript を使わずに、さまざまなスライダーを CSS だけで構築可能。
Adam 氏が紹介した機能のデモやスライドは、YouTube で公開中のプレゼンテーションでも確認できます。
ユーザーエクスペリエンスの改善

次の機能セットは、ユーザーエクスペリエンスを向上させることを目的としています:
- カスタマイズ可能なセレクトボックス: HTML 内に柔軟なデザインを組み込めるようになり、ユーザーにとって使いやすい UI を提供できます。
- Speculative loading API (推測的読み込み API):ユーザーがページをクリックする前にリソースを事前読み込みし、表示速度を向上させる技術。WordPress 6.8 にも一部導入済みです。
- View transitions API (表示遷移 API):ページ遷移時のアニメーションを CSS で実現し、アプリのような体験を可能にします。
- 最新画像フォーマットの対応:HDR画像を SDR に変換し、品質を保ったまま Web 表示を可能にする取り組みも進行中です。
新たな体験を叶えるテクノロジー

以下の機能により、これまで不可能だったウェブサイトの体験が実現しました:
- パスキー:指紋認証などのバイオメトリクスを使って WordPress にログインできる仕組み。すでに主要ブラウザで利用可能です。
- ウェブアセンブリ:C や C++ のようなプログラミング言語をブラウザ上で動作させることができ、サーバーに依存しない最新のライブラリ利用が可能になります。WordPress Playground もこの技術を活用しています。
- ブラウザー内の AI:WebAssembly の進化により、AI モデルをブラウザで直接実行できるように。オフラインでも使え、プライバシーにも配慮されています。Transformers.js がその一例です。
- AI の活用::サイト構築、パフォーマンス改善、ユーザーオンボーディングなど、あらゆる領域で AI のアシスタントが活躍。WordPress では専任の AI チームも発足しています。
成功する WordPress ミートアップの開催方法とは?

スペイン・レオンで WordPress ミートアップを主催する Héctor de Prada 氏が登壇。人口わずか 12 万人の都市で、世界でも有数の参加率を誇るミートアップを運営している実例を紹介しました:
- 平均参加者数:約 60 名/回
- 出席率:85%
- 過去最多参加者数:100 名超
しかもこのミートアップは、3 年間放置され、以前は 15 人前後しか集まらなかったところからの再起でした。その改善の鍵となったポイントはこちら:
1. コミュニティと出会うこと
WordCamp や他地域のミートアップに参加し、雰囲気を知ることが大切。そこから、協力者やスポンサー、講演者とのつながりも生まれます。
2. 運営チームを作ること
一人でやろうとせず、役割を分担できるチーム体制に。異なるスキルを持つメンバーで構成し、責任をローテーションすることで継続可能な体制が生まれます。
3. 地域との連携を図ること
会場確保は最も難しい課題の一つ。市役所、大学、企業のスペースを無料で借りる工夫が有効です。若い世代に参加してもらうためには、学生ではなく教職員へ働きかけるのが効果的です。
4. スポンサーを見つけること
地域の企業や WordPress 関連企業から支援を得るチャンスは豊富。いただいた支援金はフード&ドリンクに使うと交流が促進されます。
5. 多様なテーマを扱うこと
WordPress はデジタルの多くをカバーしているため、話題の幅も広く取れます。オーディエンスの関心に合わせ、学びとインスピレーションのあるトークを意識しましょう。
6. 「楽しさ」を忘れないこと
カジュアルで親しみやすい雰囲気を演出。例えば美味しい飲食を用意することでネットワーキングしやすくします。
世界には現在、660 のアクティブなミートアップグループが存在しています。ぜひ、あなたの街でも開催してみてください!
クライアントサイド AI エージェントで、未来のウェブ体験をつくる

Google の Web AI リードである Jason Mayes 氏は、ブラウザ内で動作する AI モデルを活用し、「エージェント的ふるまい」を実現する方法について講演しました。これこそが、これからのインターネットの姿だと語ります。
エージェントとは?
ユーザーの代わりに自律的にタスクを実行するシステムのこと。複数の大規模言語モデル(LLM)にツールや関数、API を組み合わせて、目的達成に向けて動きます。

モデルの特徴:
- タスクを分解し、最適なサブモデルに割り振る
- 必要な情報にアクセスする
- コンテキストを保持し、次のアクションへつなげる
- 必要に応じて反復実行する
これらはすべて人の手を介さずに自律的に処理されます。
ブラウザ内 AI の活用とは?
将来的には、各サイトの UI を覚える必要なく、エージェントと自然な会話を通じて目的を達成できるようになります。発表では、旅行予約サイトのデモも紹介されました:
この流れは、新しい SEO の形になる可能性があります。AI に対応した構造化データをサイト内に設けることで、ユーザーエージェントが機能を正しく理解し、適切に誘導してくれるようになります。
JavaScript ベースで実装可能で、既存の関数やロジックも流用できます。エージェントはローカル実行されるため、クラウド AI よりもプライバシーに配慮できるという利点も。詳しくは、講演のビデオをご覧ください。

Google Chrome などのブラウザもすでに独自モデルの搭載を進めており、より強力な体験が期待されます。
これこそが「エージェント・インターネット」の始まり。今こそ、その可能性を探り始めるときです。
Mary Hubbard 氏と Matt Mullenweg 氏によるトークセッション
WordCamp Europe の締めくくりといえば、Automattic CEO であり WordPress の共同創設者でもある Matt Mullenweg 氏と、WordPress エグゼクティブディレクター Mary Hubbard 氏による公開 Q&A セッションです。

運営チームが用意したトピックと、会場からのライブ質問が交互に取り上げられ、議論された内容は以下の通りです:
- 欧州のデータ保護規制への対応
- WordPress 財団の EU 拠点設置の可能性
- FAIR プロジェクトの発表
- Five for the Future の今後の取り組み
- WordPress におけるサステナビリティチームの再始動
- WordCamps 用の新チケッティングシステムの構築
- WordPress 6.9 のリリース予定(2025年内)
- Meetup.com からの移行検討
- WooCommerce の短期・中長期プラン
- コミュニティ分析ダッシュボードの構築
- WordCamp 残金の資金運用方針
- 民間企業とオープンソース団体の経営の違い
中でも重要な発表が 2 点ありました:WordPress Campus Connect の発表、 WordPress AI チームの設立
WordPress Campus Connect

WordPress Campus Connect の発表
WordPress Campus Connect は、学生が WordPress について学び、参加するためのグローバルプログラム。初の試験導入は、2025年6月25日からイタリア・ピサ大学との協働で開始され、5,000 名の学生が各自 150 時間の貢献活動を通じて卒業単位を取得する予定です。
これにより若年層との接点が広がり、インターンやメンター制度の充実、新しい発想の導入、WordCamp の若返りといった副次効果が期待されます。今後、他大学・他専攻への展開も可能です。
AI チームの設立
WordPress プロジェクトに新たな AI チームが発足。すでにプラグインディレクトリのテスト自動化などで AI が活用されています。
今後、以下のような分野で AI 活用が進む可能性があります:
- テキスト・画像・動画の生成
- チャット UI の導入
- 開発者の生産性向上、運営支援
また WordPress.com の AI ウェブサイトビルダーなど、ホスティング事業者による AI 統合も増加中。現在「AI」で検索すると 1,500 件以上のプラグインが表示され、審査待ち期間も平均 1 週間まで短縮されました(以前は最大 6〜8 ヶ月)。

WordPress ディレクトリにおける AI プラグインの流入も非常に大きいです。「AI」での検索はすでに 1500 件以上の結果を返します。プラグインレビューチームが承認のバックログを減らしたことが助けになっています。現在、承認は約1週間で、以前の 6〜8 ヶ月から短縮されました。その結果、プラグインの提出は昨年の 2 倍になりました。
Matt 氏は、現在の AI 技術を「コマンドラインフェーズ」と位置づけており、将来的にはウェアラブルやロボット、自動運転といった「物理化された AI」との連携も視野に入れています。
次回は 2026 年、ポーランド・クラクフで開催予定!
WordCamp Europe 2025 は、今年も例年以上に盛り上がり、大成功のうちに終了しました。筆者自身も例年通り、素晴らしい時間を過ごすことができました。
まだ WordCamp に参加したことがない方も、ぜひ次回のイベントに足を運んでみてください。WordCamp Central ではすべての情報を確認できます。世界中で開催されている小規模なキャンプやミートアップも、はじめの一歩としておすすめです。
次はクラクフでお会いしましょう!